あれは私が小学校３年生の時だった。
友達のヒロちゃんと一緒に林にリンドウの花を探しに行くのが毎日の日課だった。
リンドウの花をヒロちゃんの家に持っていくと、ヒロちゃんのお母さんがいつも鉢植えにしてくれたり、
庭に植えてくれたのだ。私の家には庭は無かったので、それが嬉しかった。
学校帰りの夕方だった。いつもの様にヒロちゃんとリンドウの花を摘みに行った。
下を見ながらリンドウの花を踏まないように二人でキョロキョロしながら歩き、せっせとリンドウを摘んでいた。
すると、「ザッザッザッ！」と草木を掻き分けるような音がしてビクッ！
としながら後ろを見上げると、男が立っていた。
「何してんの？」と男が聞いてきたので二人でニコニコしながら、「リンドウ摘んでるのぉ。」と答えた。
「ふーん、リンドウかぁ。」と男はつぶやき一瞬、私達の側から離れた。
その時っ！！！
男は振り返りこちらをジッっと見たかと思ったら、手には錆びたナイフが！
男が口を開いた。「下を脱げ。」
男は同じ事を繰り返し言った。ヒロちゃんは泣き出し、「許してくださぁ〜い。うぇ〜ん！」と叫んだ。
私は泣かなかった。色んな事を考えた。”どうしたらいいの？どうしたら・・・”
そう考えながらジッと男の顔を見ていた。
男はまた「下を脱げ。」と命令した。
何分時間が経っていただろうか・・・３０秒・・・１分・・・・
とっさに私は林の入口を指差し、「お母さんが来た！お母さんが迎えに来た！」と叫んだ。
なぜそう叫んだのかは今も分からない。ただ、この場から逃げたい一心だった。
「お母さんが来てくれたら助けてくれる・・・」と考えて幻を見たのかもしれない。
そう叫ぶと、男はあわてた。「ど、どこ？」
「ほら、あそこだよ。お母さんが来るよ！」と私はずっとウソをつき続けた。
男は「この事は内緒にしといて。絶対、秘密だよ。」と言って、走って逃げてしまった。
泣きじゃくっていたヒロちゃんを連れて、すぐに林を出て小学校に行った。
二人とも震えが止まらなかった。
「この事は二人の秘密にしておこう・・・」と約束した。何故そんな約束をしたか・・・
言ったら、あの男に殺されてしまうかもしれないと思ったからだ。
その夜、私は眠れなかった。一人天井を見ながら今日の事を繰り返し考えた。
翌朝、お母さんの顔を見て何度も昨日の事を言おうと口を開こうとしたが、勇気が出ない・・・
「ヒロちゃんと約束したけど・・・でもまた会ってしまうかもしれない・・・そしたら・・・」と考えた。
そして私はやっと口を開き、お母さんに告白した。昨日の出来事を・・・
「なんですって！」
お母さんは私になんで昨日話さなかったのかと責めた。そして担任の先生宛に長い手紙を書き始めた。
どんな服装の男だったのか・・・年齢はどれくらいか・・・何を言われたのか・・・時間は？・・・
私が言う事を全部手紙にしたためたのだった。